(044) 「清貧のすすめ」は万人に通用するわけではない

「清貧のすすめ」という話がある。
(貧しくとも私欲を捨て清く正しく質素に生きること)

◎ 兼好法師:徒然草【第三十八段】にも次のような一節がある。
「名利(みょうり)に使はれて、閑(しず)かなる暇なく、一生を苦しむるこそ、愚かなれ」
(名誉や利得に振り回されて、心を静かに穏やかに過ごす間もなく、一生を苦しむのは愚かである。)

たしかにこのように生きることが出来れば、人間としての真の幸せを享受することが出来るのかもしれない。
しかし、これは誰にでも通用する話ではないだろう。世の中には極貧の生活を送らざるをえない人もおり、「清貧」などと、考えるような余裕はないだろう。
この話は経済的に十分なゆとりのある人に対して言った言葉であろう。

・また次のような故事もある。
◎ 孟子:「恒産無ければ恒心なし」
(常に一定の収入がなければ、きちんとした道義心や良識を持つことはできない。)

要するに、名誉や富に強欲にならずに、普通に働いでゆとりを持って普通の生活を営む。これが人間本来の幸せと言うことなのだろう。

・また「清貧のすすめ」とは程遠いことであるが、次のようなことわざもある。
◎ 「貧すれば鈍する」
(日々の生活に困るほど暮しに困窮すれば、才能や人徳がある人でも正常な気持ちを持つことが出来ず、心が貧しくなる。)

クロード・ロラン(17世紀 フランスの画家)

クロード・ロラン(17世紀 フランスの画家)

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