(049) 「国益」「国益」と言うけれど

政治家がよく使う「国益」という言葉が近年横行しているように思う。「国益」とは何か?
「国益」の考え方は、これまでの時代的背景や各国の政治社会体制、民族的、宗教的、文化的価値観などにより一様ではない。

我が国においても、「国益」という言葉は極めて漠然とした概念で使用されており、何事も(国益上の問題)として片付けられてしまう危険性を感じる。
要は「国益」と言えば何でも通るのかと言うことである。まるで、時代劇映画に出てくる水戸黄門の「この印籠が目に入らぬか!」ごときの印象さえ受けることがある。

「国益」の主たる目的は、国民の生命・財産を守り、文化の向上を図ること、と言うことだろう。このように漠然とした概念のもとに、政治的問題が片付けられる危険性があるということである。

世界は今グローバリゼーションの大きな流れの中にある。経済活動が世界規模で広がり、相互依存の関係が今後益々進化していくことだろう。
このような世界において、旧来の「国益」の概念では対処することは出来ない。今や国際関係を抜きにして「国益」を考えることは不可能であり、単一の国家利益を追求することは出来なくなったということである。

各国が自国の国家利益ばかりを前面に出すような状況では、平和を構築することが出来ないのは明らかである。もはや「国益」をうんぬんする時代ではなく、各国とも「人類の利益」を前面に掲げて進む以外に、為す術もない時代が到来したと言うことではないだろうか。
このことを前提として、これからの国家のあり方を考えなければならない。

ルノワール(1841年 - 1919年) 「パリで一番古い橋のポン・ヌフ(新橋)」

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