(022)『おしなべて物を思はぬ人にさへ 心をつくる秋の初風』

『おしなべて物を思はぬ人にさへ 心をつくる秋の初風』 

これは「新古今和歌集」から、私の好きな「西行」が詠んだ歌である。

日本列島は、近年災害列島の様相を呈しており、ゆっくり詩歌など味わう状況にはないだろう。
とは言え、雨風もおさまりふと空を眺めてみると、つい先ごろとは違った秋の空がゆっくりとたなびいている。

この歌は(自然の情趣に感じ入り、それを味わう心を持たないような人でさえ、秋は物思いに誘われるような季節である。)と言っているのだろうが、現代に生活する人々は皆がこうではないかと思えてくる。

とくに都会では空を眺めたり、そよ風を感じたりすることも容易ではなく、秋を感じ物思いに耽るなど、もはや想像さえできないのかもしれない。

時に、このような気分をじっくりと味わうことができれば、少しは豊かな心を取り戻せるような気がする。悩める人も、物思いに耽るような気持ちも持てることで、逆に救われるようにも思えるのだが。

ウジェーヌガリエン-Laloue (1854-1941)

ウジェーヌガリエン-Laloue (1854-1941)

(021)成功するためには自分の欲望のかなりの部分を犠牲にしなくてはならない

イギリスの作家で自己啓発書で知られるジェームる・アレン(1864~1912)は、「原因と結果の法」の中で次のようなことを言っている。

『人間は、もし成功をめざすならば、自分の欲望のかなりの部分を犠にしなくてはならない。』

あたりまえ言えばあたりまえのことだけど、これは大変難しいことである。日々生活している中で、誰でもなり小なりたえず様々な欲望に振り回されているのだから、それを制御しながら進んでいくのは難しいものである。それを可能にするのは、如何に強い目標を持っているかどうかに、かかってくるのであろう。

一般の生活人で、それほどの強い目標を持っている人はあまり見かけないように思う。

それはそれで良いのではないだろうか。
ときに 何か事を始める際には、このことに思いを致すことは必要かもしれないが。

ウジェーヌガリエン-Laloue (1854-1941)

ウジェーヌガリエン-Laloue (1854-1941)