(050) 一日一生

昔、キリスト教の無教会主義で有名な内村鑑三*の「一日一生」という本を読んだことがある。内村鑑三は明治の代表的キリスト者で、この本は聖書の言葉を366日分として編んだもの。

若い時分、「人間と神の存在」について考えあぐねていたろころ「一日一生」という題名に惹かれて読んだことがある。
キリスト教徒でもなく聖書など紐解いたこともないため、内容的にはよく理解できなかったことを記憶しているが、毎朝家を出る前に一編ずつ読んだものである。

誰にとっても明日という日が必ずやって来るとは限らない。今日が自分の最後の日となるかも知れない。
「一寸先は闇」の諺のごとく、最後の日は誰一人知らされていない。「一日一生」である。
(今日一日が自分の一生の最後の日だと思って精一杯生きよう。)

また、人は日々新しい人生を送っている。一日とて同じ日はない。
そのため(一日が一生とも言えるので、今日の一日に全力を尽くそう。)

(一生の最後の日は必ずやって来る。今日の日が最後の一日となるかもしれない。)と理屈では解っていても、心情的ににそのことを内観することはなかなかむずかしい。
今また、緩慢な日々を送る中で「一日一生」という言葉に思いを致した次第である。

*内村 鑑三(1861年 ~ 1930年)は、日本のキリスト教思想家・文学者・伝道者・聖書学者。福音主義信仰と時事社会批判に基づく日本独自のいわゆる無教会主義を唱えた。(Wikipediaより)

ルノワール(1841年 - 1919年)「ベニス・サンマルコ広場」

ルノワール(1841年 – 1919年)「ベニス・サンマルコ広場」

(049) 「国益」「国益」と言うけれど

政治家がよく使う「国益」という言葉が近年横行しているように思う。「国益」とは何か?
「国益」の考え方は、これまでの時代的背景や各国の政治社会体制、民族的、宗教的、文化的価値観などにより一様ではない。

我が国においても、「国益」という言葉は極めて漠然とした概念で使用されており、何事も(国益上の問題)として片付けられてしまう危険性を感じる。
要は「国益」と言えば何でも通るのかと言うことである。まるで、時代劇映画に出てくる水戸黄門の「この印籠が目に入らぬか!」ごときの印象さえ受けることがある。

「国益」の主たる目的は、国民の生命・財産を守り、文化の向上を図ること、と言うことだろう。このように漠然とした概念のもとに、政治的問題が片付けられる危険性があるということである。

世界は今グローバリゼーションの大きな流れの中にある。経済活動が世界規模で広がり、相互依存の関係が今後益々進化していくことだろう。
このような世界において、旧来の「国益」の概念では対処することは出来ない。今や国際関係を抜きにして「国益」を考えることは不可能であり、単一の国家利益を追求することは出来なくなったということである。

各国が自国の国家利益ばかりを前面に出すような状況では、平和を構築することが出来ないのは明らかである。もはや「国益」をうんぬんする時代ではなく、各国とも「人類の利益」を前面に掲げて進む以外に、為す術もない時代が到来したと言うことではないだろうか。
このことを前提として、これからの国家のあり方を考えなければならない。

ルノワール(1841年 - 1919年) 「パリで一番古い橋のポン・ヌフ(新橋)」

ルノワール(1841年 – 1919年) 「パリで一番古い橋のポン・ヌフ(新橋)」

(048) 自分の過去と決別する

人はだれでも多くの過去を背負っている。誰でも知っている徳川家康の遺訓「人の一生は、重荷を負うて遠き道を行くが如し・・・」* とはよく言ったものだ。
過去の中には思い出して楽しくなるものもあるだろうが、逆に思い出すと暗い気持ちのなる過去や怒りがこみ上げてくる過去、自分の至らなさに後悔する過去、など様々であろう。

また人は、自分の過去を体中に溜め込んで今の生活を送っている。そのため、時にはその過去に強く引きずられため、気持ちがネガティブになり、なかなか前へ進むことが出来ない。
これでは自分が変化することなど思いの外である。新しいことに挑戦しようとしても、真から気持ちを入れて取り組むことが出来ない。

それではと、過去を忘れようと思っても絶対に忘れることは不可能である。過去は永久に消えることはない。
『過去と決別する』
過去に経験した色々な状態を消去することは不可能だし、また心のなかに延々と残っている過去の感情はそのままに置いておきながら、過去と決別する気持ちをはっきりと意識することが肝心であろうと思う。
今の自分、今の環境「今」に執念深くこだわり、その上でこの先の自分を見つめながら、少しずつ切り開いて行くことではなかろうか。

舟遊びの人々の昼食

ルノワール(1841年 – 1919年) 「舟遊びの人々の昼食」

(047) 「日本国」の中の「東京国」ということ

以前、米CNNテレビのニュースサイトで、世界一魅力的な都市として50の理由を掲げて「東京」が挙がったことがある。*

*米CNNテレビが発表している「東京が世界一魅力的な都市である理由50」に、次のようなことが挙げられていた。
世界一優れた交通システム・世界最多のミシュランレストラン、若者ファッション、アートカフェ、隅田川の屋形船、お祭り三昧、地上数十メートルもの高さでビルの隙間を潜り抜けながら走る(首都高)、巣鴨地蔵通り商店街(おばあちゃんの原宿)、世界一混雑の凄まじい渋谷駅のスクランブル交差点、電車一本で行ける高尾山、狸・キジ・狐など動物達の都心の聖域(皇居)、高級ブランドの街(銀座)等などとその理由が挙げられている。

確かに東京はもろもろの顔を持っている。そして世界中のものが揃うのも東京であり、まことに飽きることのない刺激的で魅力的な街だと思う。
まるでワンダーランドと言った感である。しかし一方東京はバラエティーに富み変化の激しいため街であるため、精神的にはあまり落ち着きのない街とも言える。

他の国の首都がどのような状況かは住んだことがないので良くは分からないが、東京の場合は普通の大都市と言ったものを超えて、異質なものを持っているようにも思えてくる。
以前東京に住んでいた頃のことを思い出すと、(住んでいる時にはあまり感じないが)その慌ただしさから、いつも何かに追い立てられていたように感じていたように思う。
地方出身の人だったらこの気持が分かられるのではなかろうか。

東京居住者の多くは、すべての情報が東京に集まっているために、無意識の内に「東京が全て」と言った意識が充満し、地方のことが見えなくなっているような気がする。
「日本国」に住んでいるというよりも、言わば「東京国」といった別の国に住んでいるという感覚になっているように思われるのである。
東京以外に住んだことのない人は特にこの傾向が強いように感じる。

地方に住んでいると大量の情報が東京からもたらされる。誰しもその情報を元にして地方のことを考えることとなる。
地方に住む人々は、その行動の仕方は東京とはまったく違うが、東京発情報の浸透具合から、感覚の面だけを取り上げれば東京とほぼ同様な感覚を持つこととなる。
しかして全国津々浦々まで情報が行き渡り均一化された現代日本社会では、地方独特のものは生まれにくいということになる。過去に培われた地方文化を育てるしか手がないようだ。

今、地方再生がうんぬんされているが、かかる現実では地方の活性化はなかなか難しいことだろう。
ただ、中小都市においては東京と比較しても日常生活に困ることもなく、ことに住環境については東京より地方の方が優っていることは明らかである。
「東京は住むところではない」と皆言う。そのとおりだろうと思うが、でも東京の魅力から離れることが出来ないのだろう。

これからも高齢化社会はますます進んで行く。また各地方も人口減により空き家がどんどん増えて行っていると聞く。
高齢化社会における地方再生を考えるに、『居住する』というキーワードで何か良いアイデアが浮かばないものだろうか。終の棲家を地方が提供し、何か高齢者でも出来る仕事を東京から移転することは出来ないものだろうか。

(全国の中小都市に巨大な「シニアセンター」なるものを作って、東京からもろもろの異業種を集め、そこに共生社会をつくる。)

ルノワール(1841年 - 1919年)  「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」

ルノワール(1841年 – 1919年) 「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」

(046) 電子メールは重要な仕事のツール

今更ながらだが、電子メールで思うこと。

仕事上まったく面識のない人とも、メールでやり取りをする場合があるだろう。
適確に要件を伝えるのは当然のことだが、その前に相手に好感を持たれるような文章を書くことが大切である。

会って話せばとても感じの良い人でも、それが一旦メールとなると何ともぎこちなく、殺風景なメールを書く人がいる。このような人でも、手書きの手紙やハガキを出していた頃には、おそらく推敲を繰り返してから投函していたのではないだろうか。

特に仕事のメールには気を付けなければならない。
例えば、初めての人と仕事を進めようとする際、まずは相手の人柄を見ようとする。
簡単にいえば「好きか嫌いか」と言った感情が先に立つものである。ネット上であれば尚更である。

不躾と感じ取られるような文章であってはならない。
馬鹿丁寧で慇懃無礼と思われてもいけない。
要は「自分がもらって心地よいメールかどうか?」をよ十分配慮して書くことが重要である。

文章を書くのが苦手な人は、電子メールが出現して大いに喜んでいるのではないだろうか。
多くの人がそう思えるのだが、これはリアルの世界と比べてネットの世界を軽く考えているためである。
そのため、電子メールなら要件のみが網羅してあれば「OK」と、思い違いをしている人もいるようだ。

電子メールは、それとはまったく逆に考えなければならない。特に仕事上重要なメールは熟慮の上に熟慮し、配慮に配慮を重ねることで、相手に自分を受け入れてもらえるようにと考えながら書かなければならない。

クロード・ロラン(17世紀 フランスの画家)

クロード・ロラン(17世紀 フランスの画家)

(045) 平等と格差

西田幾多郎著*「善の研究」の中に(本来は「実在」に関して述べられたものではあるが、)次のような一節がある。『平等の中に差別を具し、差別の中に平等を具する』
人間社会にすべて平等などということはあり得ないことだから、そこに格差が生じ差別が生まれるのは当然といえば当然のことである。
人は生まれながらにして不平等に生まれついている。

身体能力の違い、体力の違い、頭脳の違い、欲望の度合いの違い、感情の持ち方の違い、何もかも同じものは一つもない。同じでないところに平等はありえない。
平等と感じるか不平等と感じるかは人によっても違う。
何もかも同じである世の中など想像だに出来ない。
かりに想像出来たとしても、それは何ものも存在しない「無」の世界と言うことになるのではなかろうか。

とは言え、我々は世の中の格差や差別に、時には涙し時には憤りを感じるのが人情というものである。
それは格差や差別を感じる際の程度の問題ではなかろうかと思う。
人間感情の許容範囲を超えたところに生じるものではなかろうか。
世界の歴史はこの格差や差別がもとで争いを繰り返してきた。
特に激しい経済的格差は近世の政治や経済の仕組みによるところが大きく、一市民として何とか改善出来無いものかと願うものである。

※ 西田 幾多郎(にしだ きたろう):(1870年5月19日 – 1945年)日本を代表する哲学者

クロード・ロラン(17世紀 フランスの画家)

クロード・ロラン(17世紀 フランスの画家)

(044) 「清貧のすすめ」は万人に通用するわけではない

「清貧のすすめ」という話がある。
(貧しくとも私欲を捨て清く正しく質素に生きること)

◎ 兼好法師:徒然草【第三十八段】にも次のような一節がある。
「名利(みょうり)に使はれて、閑(しず)かなる暇なく、一生を苦しむるこそ、愚かなれ」
(名誉や利得に振り回されて、心を静かに穏やかに過ごす間もなく、一生を苦しむのは愚かである。)

たしかにこのように生きることが出来れば、人間としての真の幸せを享受することが出来るのかもしれない。
しかし、これは誰にでも通用する話ではないだろう。世の中には極貧の生活を送らざるをえない人もおり、「清貧」などと、考えるような余裕はないだろう。
この話は経済的に十分なゆとりのある人に対して言った言葉であろう。

・また次のような故事もある。
◎ 孟子:「恒産無ければ恒心なし」
(常に一定の収入がなければ、きちんとした道義心や良識を持つことはできない。)

要するに、名誉や富に強欲にならずに、普通に働いでゆとりを持って普通の生活を営む。これが人間本来の幸せと言うことなのだろう。

・また「清貧のすすめ」とは程遠いことであるが、次のようなことわざもある。
◎ 「貧すれば鈍する」
(日々の生活に困るほど暮しに困窮すれば、才能や人徳がある人でも正常な気持ちを持つことが出来ず、心が貧しくなる。)

クロード・ロラン(17世紀 フランスの画家)

クロード・ロラン(17世紀 フランスの画家)

(043) ロシアのイメージ

「ロシアとはどのような国と思うか?」と問われて、アメリカなどと比べて今ひとつスッキリしない、少々隔靴掻痒の気持ちと言わざるをえない。

現在のロシアそのものについては強い印象を受けているのに、何故だろうと考えてみた。
それは、ロシアについての情報が欧米のそれに比べて少ないことと、ロシアの古い歴史を知らないからだろうとの思いに至った。
(古い時代のロシアの歴史は、教科書にもあまり出てこないようだし触れたことのある人も少ないようだ。)

ロシアの歴史は新しく、9世紀の末キエフ(現ウクライナの首都)を中心として統一国家と呼べるものが現れる。(日本ではその頃貴族文化の咲き誇る平安時代である。)
それ以前には、広大なロシアの地に一つのまとまった国家が成立することはなく、周辺の国々からは蛮族の巣窟という程度にしか見られていなかったと言う。

その後モンゴルに支配され、15世紀にモスクワ公国成立、17世紀ロマノフ朝がはじまり、1917年ロマノフ朝最後の皇帝ニコライ2世が革命により打倒され、ソ連の時代へと続き、1991年ソ連崩壊とともに現在のロシア連邦共和国が建国される。

ロシアの歴史についてのおおまかな知識は、革命によるロマノフ朝崩壊からマルクス・レーニン主義のソ連の成立、その後ソ連崩壊後のロシア連邦成立。
それと日露戦争のこと、北方4島問題のこと。この程度のことくらいしか私の意識に登ってこない。
共産主義革命と又その崩壊が、世界史上あまりにもインパクトが強かった所為か、それ以前の古いロシアの歴史はヨーロッパの歴史に比べれば、あまり意識したこともない。ロシア国そのものよりも、マルクスという名前だけが全面に出てきてしまう。

またロシアと言えば、文芸的にはドフと7エススキーやトルストイをはじめとした世界一流の作家を産み、音楽ではチャイコフスキーに代表される一流の作曲家の名前を上げることが出来る。 これらからも強い印象を受けている。共に19世紀以降の近年のことである。

このように近年のロシアについては、雑駁には把握している思いであるが、さて「ロシアとはどのような国と思うか?」と問われると答えに窮する。
近年の皮相的なロシアのことしか思い浮かばないため『ロシアの芯の部分』が何だか抜け落ちているような気がするのである。

ロシアはヨーロッパがルネッサンス以降どんどん発展変化している間、国民の大半は、人格的な無権利状態にあった農奴のままの後進国だったと聞く。
一国を本当に理解するには、その国の深い歴史を知る必要があるのではないかと、今更ながら思った次第である。

クロード・ロラン(17世紀 フランスの画家)

クロード・ロラン(17世紀 フランスの画家)

(042) 人は自分の近くの間柄の中で競争する

人間はたえず競争社会の中に生きている。
学業成績の順位、進学校選び、就活競争、会社では出世競争と、絶えず競争社会に身を晒している。
また自分が手の届く範囲で競争する。
例えば学業成績でも、自分が中くらいの成績だとすれば、トップクラスの者と競争しても仕方がないから、人は手の届く者との間で競争することとなる。

競争心を持つことは人間本来の姿であり、人類の進歩発展が進み、人間の向上心を生み出す事にもなるだろう。
しかし競争心のために、絶えずストレスの中に身を置かざるをえないことにもなる。
自分が他に優れば幸せを感じ、他に劣れば不幸を感じるものである。絶えずこの繰り返しの中で生活しているとも言えるだろう。

「A」という組織の中に入ると、その組織しか直接肌身に感じることができないので、当然その中で競争することとなる。
「B」という組織に入ると、またその中で競争する。

生きていくためには、そうならざるをえないということである。
競争心にも強弱がある。
競争心の強い人は出世競争に明け暮れて一生を終える場合もあるだろう。
このことが良いとか悪いとかいうものではない。
その人の性分にすぎない。

ただ、定年で競争社会に身をおく必要のなくなった時、「もぬけの殻」にならないように、気を付けなければならない。
よく言われる「組織を離れればただの人」。

人間社会であるからには、いずれの組織に身を置いても、出世競争に身を晒さざるをえないことには代わりはないだろうが、自分の能力や個性を組織に反映させることを中心に据えて、競争することが出来れば自分を成長させることができるし、その分幸せであろう。

競争に明け暮れるのは空しいものだと思ったときは、自分の生き方と折り合いをつけながら生きていくことが必要だろう。
そうしたからと言って出世競争に負けるということにはならない。

又、かりに自分だけは出世競争には加わらないと言った立場を取った場合、組織の生産性を低下させる要因の一つになるのではなかろうか。
そのような人が多くいる組織は、次第に衰退していくのだろうと思う。

クロード・ロラン(17世紀 フランスの画家)

クロード・ロラン(17世紀 フランスの画家)

(041) 京都は冬が良い

京都好きの人は多い。とくに春秋は観光客で大賑わいである。毎年必ず1回は京都観光をするという人もいる。

春、東山三十六峰の中腹にたなびく霞、鹿ヶ谷法然院真下の疎水の桜。
夏、四条鴨川の鮎釣り。 秋、三千院の少し先、古知谷阿弥陀寺の紅葉。
これらにしばし心を奪われる。

京都は、春も秋も言葉に尽くせぬほどの美しさを誇っているが、真冬の京都はまた格別である。
つらら滴る「大原の里」、うっすらと雪の降りそそぐ「金閣寺」、凍てつく寒さに静まり返る古代佇む「広沢池」で幽玄の世界に遊ぶ。
等など捨てがたいのが冬の京都である。自己の内面に誘いこまれるような雰囲気を持っている。

京都の日々は、春夏終冬、自然の中で都市生活を送ることが出来る。
そして、自然と一体化した日々の生活が、人生の深い疑念も解消してくれるようだ。

法然院

法然院